はじめに

「年末年始や大型連休。売上は上がるが、毎年スタッフが疲弊しきっている」 「忙しさのあまりミスが連発し、お客様からのクレームが増えてしまう」 「ピークタイムになると、指示系統が麻痺し、現場が混乱する」

飲食店の「繁忙期」は、売上を最大化する絶好のチャンスであると同時に、お店の「チーム力」が試される最大の試練の時でもあります。

この試練を乗り切るために必要なのは、単純なスタッフの増員ではありません。カオス状態の現場を冷静に俯瞰し、チームをまとめ上げ、的確な指示を出す「現場リーダー」の存在です。

しかし、通常のマネジメントスキルを持つ店長でさえ、繁忙期の異常なプレッシャー下では「いちプレイヤー」に戻ってしまいがちです。

この記事では、繁忙期特有のストレス下でも機能する「強いチーム」とは何か、そしてそうしたチームを率いるリーダーをいかにして育成するか、その具体的な方法を解説します。

1. 繁忙期に求められる「リーダー」の3つの特殊スキル

繁忙期のリーダーは、平時のリーダーとは異なる特殊なスキルセットが求められます。それは「自分が作業する」ことではなく、「チーム全体のアウトプットを最大化する」ことです。

①「予測と準備」のスキル（戦の前の兵站）

繁忙期は「戦」です。戦は準備で9割決まります。

• リスクの洗い出し：昨年の同時期に何が起きたか（例：特定メニューの欠品、クレーム内容、スタッフの不満）を分析し、事前に対策を立てます。
• オペレーションの簡素化：繁忙期限定でメニューを絞り込む、仕込みを徹底するなど、「やらないこと」を決めます。
• 万全のマニュアル整備：新人スタッフでも即戦力化できるよう、教育カリキュラムを見直し、ビジュアル中心の簡易マニュアルを準備します。
• 明確な役割分担：分業体制を明確にし、「誰が何に責任を持つか」を全員に周知徹底します。

②「全体俯瞰と即時決断」のスキル（戦場の司令塔）

ピークタイムのリーダーは、手を動かす「兵士」ではなく、戦局全体を見る「司令塔」でなければなりません。

• ボトルネックの特定：ホール全体を見渡し、「料理が滞っているのはドリンカーか、洗い場か？」「お客様の不満はどこで発生しているか？」を瞬時に見抜きます。
• リソースの再配分：自らヘルプに入るのではなく、「Aさんは今、皿洗いに回って！」「Bさんはオーダーを一時ストップし、料理提供に集中して！」と、的確に指示を出し、チーム全体を動かします。
• 優先順位付け（トリアージ）：溢れるタスクに対し、「今すぐやること」「後でいいこと」「やらなくていいこと」を即座に判断し、チームの混乱を防ぎます。

③「動機付けと雰囲気作り」のスキル（チームの鼓舞）

繁忙期の高ストレス環境下では、スタッフの士気は下がりがちです。チームのパフォーマンスは、リーダーが作る「雰囲気」に左右されます。

• 「心理的安全性」の確保：リーダー自身が絶対にイライラしたり、特定のスタッフを吊し上げたりしません。「忙しいけど、ミスしても全員でカバーする」という安心感を醸成します。
• ポジティブな声かけ：「ナイス！」「助かる！」「このピーク越えたら楽になるぞ！」と、朝礼やピーク中に具体的に声をかけ、士気を高めます。
• 「ガス抜き」の仕組み：こまめに水分補給を促したり、一瞬でもバックヤードで深呼吸させたりと、物理的・精神的な「ガス抜き」を意図的に作ります。

2. 繁忙期リーダーを育成する「OJT」と「Off-JT」

これらのスキルは、座学だけでは身につきません。「知識（Off-JT）」と「実践（OJT）」を組み合わせた育成プログラムが必要です。

Off-JT（知識研修）：戦の前に「型」を学ぶ

繁忙期が始まる1〜2ヶ月前から、リーダー候補者に対して以下の研修を行います。

①「修羅場」ケーススタディ研修

• 目的：課題発見・解決スキルの向上
• 方法：過去の繁忙期に実際に起きたトラブル事例（例：「予約で満席なのに、30人の飛び込み団体客が来てしまった」「メイン食材が欠品した」「新人バイトが無断欠勤した」）を題材にします。
• 研修内容：「あなたなら、リーダーとしてどう判断し、誰に何を指示しますか？」と問いかけ、グループで議論させます。重要なのは「正解」を出すことではなく、「判断の軸」を養うことです。

②「ボトルネック発見」シミュレーション

• 目的：全体俯瞰スキルの向上
• 方法：他店舗のピークタイムの映像（定点カメラなどで撮影）を早送りで見せます。
• 研修内容：「今、この店の問題点はどこですか？」「もしあなたがリーダーなら、誰をどこに動かしますか？」と発問します。これにより、自分の作業に没入せず、客観的に現場を見る「鷹の目」を養います。

OJT（実地研修）：小さな「修羅場」を経験させる

研修で学んだ「型」を、実践で試させます。

①「権限移譲」による週末ピークタイムの委任

• 目的：即時決断スキルの向上
• 方法：まずは繁忙期前の「少し忙しい金曜日」などから、「今日のピークタイムの指示は〇〇さん（リーダー候補）に任せる」と宣言します。オーナーや店長は一歩引き、サポート役に徹します。
• ポイント：失敗を恐れず、まずはやらせてみることが重要です。口を出しすぎると、リーダーの自主性が育ちません。

② 繁忙期「シフト表」の作成を任せる

• 目的：予測と準備のスキルの向上
• 方法：人手不足でも回るシフト表の作成を任せます。
• ポイント：単なるパズルとして組ませるのではなく、「なぜこの時間帯にこの人員配置にしたのか？」「昨年のデータと比べてどう判断したのか？」を言語化させます。これにより、予測に基づいたリソース配分の意識が芽生えます。

3. オーナー・店長がリーダーを支える「環境づくり」

リーダーを任命するだけでは機能しません。リーダーがリーダーシップを発揮できる「環境」を、オーナーや店長が整える必要があります。

• ① 明確な「権限」を与える 「ピーク中は、〇〇さん（リーダー）の指示に従うこと」と、チーム全員の前で明確に宣言します。リーダーに「この時間帯は、自分が決めていいんだ」という自信と責任感を持たせることが不可欠です。
• ②「失敗」を許容し、一緒に振り返る OJTで任せた結果、現場が混乱することもあるでしょう。その際、スタッフの前でリーダーを叱責するのは最悪です。営業後、「あの時の判断、どうだった？」「次はどうする？」と冷静に「振り返り」の場を持ち、失敗を「学び」に変えるサポートをします。
• ③ 報奨（インセンティブ）を設計する 繁忙期を乗り切った後、チームとリーダーの頑張りを正当に評価し、報いることが重要です。「大入り袋」のような金銭的報酬だけでなく、「チーム達成会（打ち上げ）の費用を会社が全額負担する」といった非金銭的報酬も、次へのモチベーションに繋がります。

まとめ

繁忙期に強いリーダーとは、単に作業が早い「スーパープレイヤー」ではありません。迫り来るタスクを冷静にさばき、チームの能力を120%引き出し、パニック寸前の現場を「一体感」で包み込む「司令塔」です。

このようなリーダーは、一朝一夕には生まれません。 繁忙期が始まる前の「今」から、意識的な「研修」と、小さな「修羅場」の経験を積ませ、意図的に育成することが、数ヶ月後の売上と、スタッフの定着率を大きく左右するのです。