結論からいえば、飲食店の熱中症対策は、水を置くだけでは不十分です。厨房や洗い場などの暑さを把握し、異常時の報告先、作業を止める基準、身体を冷やす場所、医療機関への搬送手順まで営業前に決めておく必要があります。
2025年6月1日から、一定の暑熱環境で作業を行わせる事業者には、熱中症の報告体制の整備、症状の悪化を防ぐ手順の作成、関係者への周知が罰則付きで義務付けられています。さらに厚生労働省は2026年3月18日、「職場における熱中症防止のためのガイドライン」を策定しました。これに伴い、従来の「職場における熱中症予防基本対策要綱」は廃止されています。厚生労働省「職場における熱中症防止対策のためのガイドライン」の策定について
本記事では、小規模な飲食店でも実行できるよう、法令の対象判定、WBGT(暑さ指数)の測り方、厨房設備とシフトの見直し、緊急対応手順を具体的に解説します。
飲食店が最初に実施すべき5項目
熱中症対策をまだ文書化していない店舗は、次の5項目から着手してください。
- 厨房、洗い場、屋外作業場所のWBGTまたは気温を確認する
- 熱中症の報告先を、代行者まで含めて決める
- 作業離脱、身体冷却、医療機関への搬送、119番通報の手順を1枚にまとめる
- 従業員とスポットワーカーへ、対象作業の開始前に周知する
- 涼しい休憩場所、冷却用品、飲料水と塩分を確保する
重要なのは、店長が不在でも同じ対応ができる状態にすることです。「体調が悪ければ言ってください」という声かけだけでは、報告先や作業を止める判断が曖昧なままです。
飲食店にも適用される熱中症対策の義務
義務の対象になる暑さと作業時間
労働安全衛生規則第612条の2による措置義務の対象は、次の「暑さ」と「作業時間」の両方に該当することが見込まれる作業です。厨房内の作業だけでなく、テラス席の設営、屋外販売、食材搬入、ごみ置き場の整理、配達なども、条件を満たせば対象になります。非定常作業、臨時作業、作業場所間の移動も一律には除外されません。厚生労働省「労働安全衛生規則の一部を改正する省令の施行等について」
| 判定項目 | 基準 |
|---|---|
| 暑さ | WBGTが28度以上、または気温が31度以上 |
| 作業時間 | 継続して1時間以上、または1日当たり4時間を超えることが見込まれる |
WBGT28度や気温31度は「ここまでは安全」という境界ではなく、法令上の措置義務の対象を判断する基準です。身体作業負荷、服装、体調、暑熱順化の状況によっては、基準未満でも熱中症が発生する可能性があります。
対象作業で必須となる3つの対応
| 必須事項 | 飲食店で決める内容 |
|---|---|
| 報告体制の整備 | 本人または異変に気づいた人が、誰に、どの方法で報告するか |
| 悪化防止手順の作成 | 作業離脱、身体冷却、医療機関への搬送、救急要請の流れ |
| 関係者への周知 | 掲示、文書配布、業務連絡ツール、朝礼などで体制と手順を伝える |
違反した場合は、労働安全衛生法第119条により、6月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金が科される可能性があります。労働者を使用する店舗で対象作業を行わせる場合、従業員数が少ないことだけを理由とする免除はありません。福島労働局「労働安全衛生規則第612条の2関係チェックリスト」
法令上の義務と2026年ガイドラインを区別する
2026年ガイドラインに記載された全項目が、そのまま罰則付きの義務になるわけではありません。
| 区分 | 主な内容 |
|---|---|
| 法令上の義務 | 対象作業における報告体制、悪化防止手順、その周知など |
| ガイドラインが示す対策 | WBGTによるリスク評価、暑熱順化、休憩場所、作業時間の短縮、巡視、教育など |
| 別条文による義務 | 多量の発汗を伴う作業場における塩と飲料水の備え付けなど |
法令上の最低限だけでなく、厨房の実情に応じてガイドラインの対策を組み合わせることが事故防止につながります。
厨房の熱中症リスクをWBGTで見える化する
天気予報だけで厨房を判定しない
WBGTは、気温、湿度、輻射熱などを踏まえて暑熱リスクを評価する指標です。2026年ガイドラインでは、JIS Z 8504またはJIS B 7922に適合したWBGT指数計を準備し、作業場所の状況を随時把握することが基本とされています。
製品を選ぶときは、仕様欄でJISへの適合を確認してください。黒球のない測定器は、フライヤーや焼き台などの輻射熱がある場所で正確に測れない場合があります。
環境省が公表する地域のWBGT予測は、翌日の人員配置や営業計画を立てる参考になります。しかし、厨房にはガスレンジ、フライヤー、炊飯器、食器洗浄機などの熱源があり、地域の観測地点とは環境が異なります。厚生労働省のガイドラインも、熱源の近く、冷房設備がない場所、風通しの悪い屋内では実測が必要としています。厚生労働省「職場における熱中症防止のためのガイドライン」
飲食店で測定すべき場所と時間
「最も涼しい場所」ではなく、スタッフが実際に長く立つ場所や、熱源・蒸気が集中する場所を測定します。
| 測定場所 | 確認したいリスク | 測定タイミングの例 |
|---|---|---|
| フライヤー・焼き台前 | 火炎、油、鉄板からの輻射熱 | ランチ・ディナーのピーク中 |
| 炊飯器・スチコン周辺 | 蒸気と湿度の上昇 | 加熱機器の集中稼働時 |
| 洗い場 | 食器洗浄機、湯気、換気不足 | 下げ物が集中する時間帯 |
| バックヤード | 冷房不足、段ボールや食材の運搬 | 納品・棚入れ時 |
| テラス・店頭販売場所 | 直射日光、路面からの照り返し | 日差しが強い時間帯 |
| 閉店後の厨房 | 客席空調停止後の清掃作業 | 床やグリストラップの清掃時 |
記録には、日時、場所、WBGT、気温、稼働中の熱源、測定者、実施した対策を残すと、翌年の改善にも利用できます。法令はWBGT測定記録や周知記録の一律の保存期間まで定めていませんが、対策の実施状況を確認できるよう、営業日報やクラウド表計算などに保存しておくのが実務的です。広島労働局「熱中症対策に関するFAQ」
飲食店の熱中症対策を営業に組み込む7つの手順
手順1:責任者と代行者を決める
報告先は「オーナー」「店長」などの役職名だけでなく、氏名、電話番号、連絡方法まで明示します。店長が休み、休憩、買い出しなどで不在になる場合の代行者も決めてください。
- 一次報告先:当日の営業責任者
- 代行者:キッチン責任者または時間帯責任者
- 緊急時:119番、近隣の医療機関
- 本部連絡:経営者またはエリアマネージャー
厨房入口、休憩場所、従業員用の業務連絡ツールなど複数の手段で共有すると、朝礼に参加しないスタッフにも伝わりやすくなります。
手順2:暑さに応じて作業を変える基準を作る
WBGTを測るだけでは事故を防げません。数値や体調に応じて、誰が何を判断するかを決めます。
- 仕込みや床清掃を比較的涼しい時間へ移す
- 焼き場、揚げ場、洗い場を交代制にする
- 重量物は台車を使い、必要に応じて複数人で運ぶ
- 休憩回数を増やし、暑い場所での連続作業時間を短くする
- 作業場所の変更、メニューの一時制限、作業の延期・中止を判断する
2026年ガイドラインは、実測値に着衣補正値を加えたWBGTが、身体作業強度と暑熱順化の状況に応じた基準値を大幅に超える場合、原則として作業を行わないとしています。法令上の対象判定に使うWBGT28度だけで一律に判断しないことが重要です。
休憩や交代によって特定の人だけに負担が偏らないよう、人手不足でも回るシフト表の工夫|柔軟性と公平性を両立する運用法も参考に、ピーク時の交代要員を設計してください。
手順3:厨房の排気・空調を点検する
2026年ガイドラインは、調理場の具体策として、グリスフィルターを清掃して排気機能を確保することを挙げています。フィルターの目詰まり、給気不足、故障した空調設備を放置すると、厨房内の温度や湿度が下がりにくくなります。
次の項目を定期点検に入れましょう。
- グリスフィルターと排気フードの汚れ
- 給気口や空調吹き出し口を荷物で塞いでいないか
- 冷房・スポットクーラーが正常に冷却しているか
- 扇風機の風が火炎や食品、清潔な器具に悪影響を与えない配置か
- 洗い場の蒸気が滞留していないか
手順4:身体を冷やせる休憩場所を確保する
休憩場所は、熱源の横に置いた椅子ではなく、冷房の効いた事務室や客席の一角など、実際に身体を冷やせる場所にします。横になれる空間を確保し、氷、冷たいおしぼり、保冷剤、飲料などを準備してください。
飲料容器による食品や調理器具の汚染を防ぐため、飲料の保管場所、給水場所、給水前後の手洗いなどを店舗の衛生管理ルールに組み込みます。熱中症対策を理由に給水を過度に制限してはいけません。
手順5:水分・塩分補給を個人任せにしない
多量の発汗を伴う作業場では、労働安全衛生規則第617条により、労働者に与えるための塩と飲料水を備え付ける必要があります。高温多湿の厨房では、喉が渇いてからではなく、作業前後と作業中に定期的に摂取できる運用を整えます。
ただし、高血圧、腎疾患、糖尿病などにより塩分、水分、糖分の制限を受けているスタッフへ、一律に塩飴や特定の飲料を強制してはいけません。本人から申し出があった場合は、必要に応じて主治医や産業医などの意見を踏まえ、配置や休憩を調整します。健康情報は必要最小限の責任者だけで管理し、プライバシーに配慮してください。
手順6:新人・連休明け・スポットワーカーを重点管理する
暑熱順化とは、一定期間をかけて身体を暑さに慣らすことです。2026年ガイドラインでは、新規入職者などについて7日以上かけて身体的負荷や作業時間を段階的に増やす方法が示されています。
また、熱へのばく露から4日以上離れていた人は、巡視頻度を増やすなどの配慮が必要です。スポットワーカーや短期就労者も、暑熱順化できていることを確実に把握できない限り、原則として暑熱順化していない人として扱うことが望ましいとされています。
初出勤時の説明には、報告先、休憩場所、給水場所、熱中症の症状、緊急時の手順を含めてください。教育項目の整理には、バイトの初出勤マニュアルに入れるべきこと|飲食店新人教育の完全ガイドも活用できます。
手順7:作業開始前に体調を確認する
睡眠不足、朝食の未摂取、前日の多量の飲酒、下痢、感冒様症状、全身倦怠感などは、熱中症リスクに影響する要因としてガイドラインに挙げられています。「大丈夫ですか」だけで終わらせず、次の点を確認します。
- 睡眠不足ではないか
- 朝食または出勤前の食事を取ったか
- 下痢、発熱、頭痛、強いだるさなどがないか
- 普段と異なる体調変化がないか
- 暑い持ち場での作業に不安がないか
他のスタッフの前で病名や服薬内容を答えさせる必要はありません。詳細な相談は個別に行い、体調を申告した人へ叱責や評価上の不利益を与えない運用にしてください。
そのまま使える熱中症発生時の対応手順
次の内容を店舗名、担当者名、医療機関名に合わせて書き換え、厨房入口と休憩場所に掲示してください。
- 異変を発見:めまい、ふらつき、生あくび、大量の発汗、こむら返り、頭痛、吐き気、嘔吐、倦怠感、集中力の低下、返事がおかしいなどを確認する。
- 直ちに報告:本人または発見者が当日の責任者へ連絡する。
- 作業から離脱:火、油、刃物、割れ物から離し、涼しい場所へ移動する。
- 身体を冷却:衣服を緩め、首回り、脇の下、足の付け根などを冷やす。濡れタオルと送風を組み合わせる方法もある。
- 意識と飲水を確認:呼びかけへの反応が正常か、自力で水分を摂取できるか確認する。
- 直ちに119番:意識がない、返事がおかしい、けいれんがある、自力で水を飲めない場合は救急車を要請する。
- 医療機関へつなぐ:頭痛、嘔吐、強い倦怠感、判断力の低下などがある場合や、冷却・補給をしても改善しない場合は、速やかに医療機関へ相談・搬送する。
- 一人にしない:救急隊の到着、医療機関への搬送、家族などへの引き継ぎまで付き添う。
- 記録する:発見時刻、症状、WBGT、実施した措置、搬送先、連絡内容を記録する。
意識がはっきりしない人や、自力で飲めない人に無理に水を飲ませてはいけません。直ちに救急車を要請してください。厚生労働省「熱中症予防のために」
判断に迷う場合は対応を先送りせず、地域で利用できる場合は救急安心センター事業「#7119」や医療機関へ相談します。ただし、明らかな意識障害など緊急性が高い場合は119番を優先してください。
熱中症の手順を単独で保管せず、トラブルを未然に防ぐマニュアル整備法|飲食店・サービス業向け完全ガイドを参考に、火傷、切創、転倒、食物アレルギーなどの緊急対応と同じ管理台帳で更新すると、見直し漏れを防ぎやすくなります。
営業日ごとのチェックリスト
開店前
- 当日の責任者と代行者を確認した
- 厨房、洗い場、屋外作業場所のWBGTまたは気温を確認した
- スタッフの体調と暑熱順化の状況を確認した
- 飲料、塩分、冷却用品、休憩場所を準備した
- 新人、連休明け、スポットワーカーの作業内容を調整した
営業中
- ピーク時など環境が変わる時間にWBGTを再確認した
- 焼き場、揚げ場、洗い場を交代できている
- 責任者が巡視し、顔色、受け答え、動作を確認した
- 水分補給と休憩を実際に取れている
- 熱中症が疑われる人を一人にしていない
閉店後
- 空調を止める前に暑い場所の清掃を終えた
- グリスフィルターと給排気設備の状態を確認した
- 測定値と実施した対策を日報へ記録した
- 体調不良やヒヤリハットを翌日の責任者へ引き継いだ
飲食店の熱中症対策で起きやすい失敗
失敗1:客席の室温だけを確認する
客席が涼しくても、火器と蒸気が集中する厨房や洗い場が同じ環境とは限りません。スタッフが実際に作業する位置で測定してください。
失敗2:店長しか緊急手順を知らない
最初に異変へ気づくのは、隣で働くアルバイトかもしれません。全員が「誰へ報告し、何を止め、どこへ移動させるか」を理解する必要があります。
失敗3:忙しい時間帯は休憩を後回しにする
ピーク中に交代できない人員計画では、ルールを作っても実行できません。仕込み時間、ポジション交代、メニューの一時制限まで含めて営業計画を見直します。
失敗4:本人の「大丈夫」をそのまま信じる
返事がおかしい、ふらつく、ぼんやりしているなど、普段と様子が違えば、本人が勤務継続を希望しても一度作業から離してください。
失敗5:WBGT28度未満なら対策不要と考える
WBGT28度は法令上の対象作業を判断する基準の一つです。作業負荷、服装、睡眠不足、暑熱順化不足などが重なる場合は、基準未満でも休憩や配置変更を検討します。
飲食店の熱中症対策に関するFAQ
Q. 従業員が数人の小規模店でも対象ですか?
A. 労働者を使用し、対象となる暑さと作業時間の条件を満たす作業を行わせる場合は、店舗規模だけを理由に除外されません。オーナーだけで営業し、労働者を使用していない場合は第612条の2の適用関係が異なりますが、2026年ガイドラインを参考に同様の安全対策を取ることが望まれます。
Q. 気象アプリのWBGTだけで判断できますか?
A. 通風のよい屋外作業など、地域の情報で判断できる場合は参考にできます。一方、熱源のある厨房や風通しの悪い洗い場では実測が必要です。環境省の予測値は、翌日の人員配置や仕込み時間を検討する補助情報として使いましょう。環境省熱中症予防情報サイト
Q. 周知した記録の保存期間は決まっていますか?
A. 改正規則では、周知記録の作成方法や保存期間までは定めていません。ただし、掲示物の版、説明日、対象者、WBGT記録、設備点検結果などを残しておくことが推奨されます。
Q. スポットワーカーにも説明が必要ですか?
A. 必要です。2026年ガイドラインは、スポットワーカーも第612条の2に基づく体制・手順の周知対象であり、雇入れ時教育の対象にもなると明記しています。厨房に入る前に短時間でも説明してください。
Q. 熱中症らしいスタッフを一人で帰宅させてもよいですか?
A. 避けてください。回復したように見えても後から悪化する場合があります。症状に応じて医療機関や#7119へ相談し、搬送または家族などへの確実な引き継ぎが終わるまで一人にしないことが重要です。
まとめ:測定・交代・報告・冷却を営業手順にする
飲食店の熱中症対策は、注意喚起ポスターを貼るだけでは機能しません。厨房や洗い場のWBGTを実測し、数値と体調に応じて持ち場を交代できるシフトを組み、異常時には速やかに作業を止められる運用が必要です。
まずは、報告先、代行者、休憩場所、冷却用品、医療機関、119番通報の判断を1枚にまとめてください。そのうえで、WBGT記録、設備点検、作業開始前の体調確認を日々の営業チェックへ組み込みます。
法令対応を夏だけの臨時業務にせず、毎年4月ごろまでに見直す店舗マニュアルとして管理することが、スタッフを守りながら営業を継続する基本です。

