飲食店で嘔吐が発生したら、原因をその場で断定せず、感染性胃腸炎の可能性を考慮して処理します。まずお客様の反応と呼吸を確認し、必要なら119番通報を優先してください。その後、周囲を立入禁止にし、使い捨ての手袋・マスク・ガウンまたはエプロンを着用して、嘔吐物を飛散させないよう静かに回収します。
厚生労働省の基本例では、回収後の床は約200ppmの次亜塩素酸ナトリウム液で浸すように拭いた後、水拭きします。使用済みペーパーなどを袋内で浸す場合は、約1,000ppmが目安です。床をアルコールで拭くだけの処理や、濃度を確認せずに塩素系製品を使う方法は避けましょう。
本記事は、2026年9月24日時点で確認できる厚生労働省、総務省消防庁などの資料を基に、飲食店の初動、嘔吐物処理、消毒液の作り方、保健所への相談、営業再開、記録方法を整理しています。自治体の個別指導や製品表示で異なる条件が示されている場合は、そちらを優先してください。
飲食店で嘔吐が起きた直後に行うこと
- お客様の反応と普段どおりの呼吸があるか確認する
- 必要に応じて119番通報し、AEDを手配する
- 嘔吐した場所と移動経路への立入りを止める
- 救護、誘導、清掃、厨房対応の担当を分ける
- 露出した食品や食器を汚染区域から隔離する
- 清掃担当者が手袋、マスク、ガウンなどを着用する
- 嘔吐物を静かに回収し、床や接触箇所を消毒する
- 廃棄物を密閉し、手洗い、換気、記録を行う
食品衛生法施行規則の一般衛生管理基準では、施設内で嘔吐があった場合は直ちに適切に消毒し、嘔吐物などで汚染された可能性がある食品は廃棄することが示されています。清掃だけでなく、食品への飛散と二次汚染を防ぐことが重要です。厚生労働省「食品衛生法施行規則」別表第17
119番通報を優先する状態
次の状態がある場合は、清掃よりも119番通報を優先します。
- 呼びかけに反応しない、意識がもうろうとしている
- 呼吸がない、普段どおりの呼吸ではない、呼吸が苦しそう
- 顔色が明らかに悪い、ぐったりしている
- 血を吐いた、便に血が混じる、黒い便が出ている
- 突然の激しい頭痛、胸・背中・腹部の激痛がある
- 冷や汗を伴う強い吐き気や、止まらないけいれんがある
総務省消防庁の救急車利用ガイドは、意識障害、呼吸困難、吐血、突然の激しい頭痛や胸・背中の痛みなどを、ためらわず救急車を呼ぶ症状として挙げています。判断に迷い、緊急性が明らかでない場合は、地域で利用できる救急相談窓口(#7119など)も確認してください。総務省消防庁「救急車利用ガイド」
反応がなく、普段どおりの呼吸もない、または判断できない場合は、119番の通信指令員の指示に従って胸骨圧迫とAEDを行います。反応はないものの普段どおりの呼吸がある場合は、呼吸の変化を観察しながら、吐物による窒息を防ぐため回復体位をとらせます。総務省消防庁「救命処置」
嘔吐物処理キットに常備するもの
処理用品は一つの箱やケースにまとめ、客席から短時間で取り出せる場所へ保管します。ただし、食品、食器、調理器具とは区分し、来店客や子どもが触れないようにしてください。
- 使い捨て手袋
- 使い捨てマスク
- 使い捨てガウンまたは袖付きエプロン
- ペーパータオルなどの吸水性がある使い捨て資材
- 厚手のビニール袋と外袋
- 次亜塩素酸ナトリウムを含む塩素系製品
- 希釈専用の計量カップや計量器具
- 水拭き用の使い捨てペーパー
- 立入禁止を示すコーンや簡易パーティション
- 汚染された作業着や靴を入れる予備袋
- 処理記録用紙と筆記具
塩素系製品は製品ごとに濃度が異なり、保管や作り置きによって効果が低下します。定期的に表示濃度と使用期限を確認し、希釈液はなるべく使い切ります。希釈液を容器に入れる場合は、誤飲を防ぐため「消毒液」「飲用不可」などと明示してください。厚生労働省「ノロウイルスの食中毒予防」
飲食店の嘔吐物処理手順
手順1:汚染区域への立入りを止める
嘔吐した場所だけでなく、飛沫が付着した可能性がある椅子、テーブル脚、壁、手すり、ドアノブ、トイレまでの移動経路を確認します。処理が終わるまでは、スタッフを含めて通行させません。
手順2:厨房と食品を守る
汚染区域から厨房へ人、食器、清掃用具を移動させないようにします。露出していた食品や、嘔吐物で汚染された可能性を否定できない食品は提供せず、他の食品と区分してください。汚染の可能性がある食品は廃棄します。
手順3:個人防護具を着用する
手袋、マスク、使い捨てガウンまたはエプロンを着用します。可能であれば、清掃担当者は調理中のスタッフ以外から選びます。送風機やサーキュレーターを嘔吐物へ向けると飛散を広げるおそれがあるため、回収前には使用しません。
手順4:ペーパータオルで静かに覆う
嘔吐物の上へペーパータオルなどを静かにかぶせます。市販の凝固剤を使う場合は、飛散防止性能や使用方法を製品表示で確認してください。掃除機、ほうき、高圧スプレー、勢いの強いモップがけは使用しません。
手順5:外側から中心へ静かに回収する
汚染範囲を広げないよう、外側から中心へ向かって静かに拭き取ります。使用したペーパーは、その都度ビニール袋へ入れます。一度汚染面に触れたペーパーで、別の場所を拭かないでください。
手順6:床を約200ppmで拭いてから水拭きする
目に見える嘔吐物を除去した後、約200ppmの次亜塩素酸ナトリウム液で床を浸すように拭き、その後に水拭きします。厚生労働省のQ&Aでは、床の処理には約200ppm、袋内で廃棄物を浸す場合には約1,000ppmが示されています。厚生労働省「ノロウイルスに関するQ&A」Q20
自治体の施設向けマニュアルや消毒剤の製品表示で別の処理条件が指定されている場合は、その指示を優先してください。濃度を自己判断で高くすれば安全性が上がるとは限らず、漂白、腐食、刺激、有毒ガスなどの危険が増します。
手順7:接触箇所と食器を分けて処理する
ドアノブ、椅子、テーブル、手すり、トイレのレバーなども、材質と製品表示を確認して消毒します。嘔吐物が付着した可能性のある食器は、露出したまま通常の下膳ルートで厨房へ戻しません。
厚生労働省は、可能であれば食器を厨房へ戻す前に次亜塩素酸ナトリウム液などへ十分浸して消毒し、下洗い場所も約200ppmで消毒した後、洗剤で清掃するよう示しています。厚生労働省「ノロウイルスに関するQ&A」Q22
手順8:回収物を密閉する
使用済みペーパー、手袋、マスク、ガウンはビニール袋へ入れます。可能であれば、廃棄物が十分に浸る量の約1,000ppmの次亜塩素酸ナトリウム液を静かに入れて密閉します。漏れを防ぐため外袋へ入れ、自治体の事業系ごみに関する分別・排出ルールに従って処分してください。
手順9:防護具を外し、石けんと流水で手を洗う
防護具の外側には触れないように外し、廃棄袋へ入れます。処理後は石けんと流水で十分に手を洗い、清潔なペーパータオルなどで乾かします。消毒用エタノールは、石けんと流水による手洗いの代用にはなりません。厚生労働省「ノロウイルスに関するQ&A」Q16
手順10:処理後に換気し、記録する
嘔吐物を回収し、消毒を終えた後は、汚染区域から屋外へ空気が流れるよう注意しながら十分に換気します。ノロウイルスは、嘔吐物が乾燥すると空中へ漂い、口に入って感染することがあるため、乾燥前に速やかに処理することが重要です。
次亜塩素酸ナトリウム液の濃度と作り方
厚生労働省のリーフレットに示された希釈例は次のとおりです。表の量は、各製品を水3Lへ加える場合の目安です。
| 製品の表示濃度 | 約200ppmを作る場合 | 約1,000ppmを作る場合 |
|---|---|---|
| 12% | 製品5mL+水3L | 製品25mL+水3L |
| 6% | 製品10mL+水3L | 製品50mL+水3L |
| 1% | 製品60mL+水3L | 製品300mL+水3L |
- 約200ppm:嘔吐物を除去した後の床、食器、下洗い場所などの消毒
- 約1,000ppm:回収した嘔吐物や使用済みペーパーを袋内で浸す場合
製品濃度が表と異なる場合は、目分量で希釈せず、メーカーの説明や管轄保健所の助言を確認してください。
塩素系製品を酸性洗剤、酢、クエン酸などと混ぜてはいけません。嘔吐物は酸性の場合があり、塩素系製品の原液を直接かけると有毒ガスが発生するおそれがあります。必ず使用上の注意を確認し、指定濃度へ希釈した液を適切に使用してください。
カーペット、布製品、金属部分の処理
次亜塩素酸ナトリウムには漂白作用と金属腐食性があります。カーペット、木材、布張り椅子、金属部品では、変色や劣化が起こる可能性があります。
- まず嘔吐物を飛散させずに回収し、該当箇所を使用禁止にする
- 素材メーカーと消毒剤の使用方法を確認する
- 金属部分は、消毒後に薬剤が残らないよう十分に水拭きする
- 店舗で安全に処理できない場合は、専門清掃業者や保健所へ相談する
洗濯可能なリネン類については、汚物を飛散させずに除去し、洗剤を入れた水で静かにもみ洗いします。厚生労働省は、85℃で1分間以上の熱水洗濯や、適切な塩素消毒を有効な方法として示しています。厚生労働省「ノロウイルスに関するQ&A」Q21・Q23
食中毒が疑われる場合の保健所連絡
店内で一人が嘔吐しただけでは、感染症、食中毒、飲酒、持病などの原因を特定できません。ただし、次の状況では、管轄保健所へ速やかに相談してください。
- 同じグループや同じ時間帯の複数客に嘔吐、下痢、腹痛などがある
- 退店した複数のお客様から同様の症状について連絡が入った
- 調理・盛付け担当者にも嘔吐、下痢、腹痛などがある
- 医療機関で店の食事が原因の可能性を指摘されたとの連絡があった
- 厨房、ビュッフェ台、製氷機周辺など食品を扱う場所が汚染された
食品衛生法施行規則では、営業者が、医師の診断を受けた製品関連の健康被害情報や法令違反に関する情報を得た場合、都道府県知事等へ情報を提供するよう努めることが定められています。健康被害が疑われる場合は、店内だけで原因を断定せず、関係する食材、仕入記録、予約・会計記録などを自己判断で廃棄しないでください。
保健所へ相談する際は、発生日時、症状、人数、着席場所、注文内容、提供時刻、スタッフの健康状態、仕入先、ロット情報、清掃内容を整理します。個人情報は調査対応に必要な範囲で扱い、SNSや不特定多数が参加するチャットへ共有しないようにします。
嘔吐や下痢のあるスタッフを調理に入れない
下痢や嘔吐などの症状がある食品取扱者は、食品へ直接触れる作業に従事させません。厚生労働省のQ&Aでは、ノロウイルスは症状がなくなった後も、通常1週間程度、長い場合は1か月程度排出が続くことがあるため、症状改善後もしばらくは直接食品を扱わせないよう示しています。
復帰時期は症状が止まった時刻だけで決めず、医療機関や保健所の助言、自店の衛生管理計画に基づいて判断してください。検便の位置付けや陽性時の配置変更については、飲食店 検便 義務ガイド【2026年版】|頻度・対象者・陽性時対応も確認してください。
営業再開の判断基準
厚生労働省のQ&Aには、嘔吐発生後の一律の休業時間は示されていません。「30分経過したから再開する」といった時間だけの判断は避け、次の項目を責任者が確認します。
- 嘔吐物と目に見える汚染が除去されている
- 床、椅子、テーブル、接触箇所の消毒と水拭きが完了している
- 汚染された可能性がある食品を廃棄または隔離している
- 食器や清掃用具が通常の動線から隔離されている
- 清掃担当者が防護具を外し、手洗いと着替えを終えている
- 十分な換気が行われ、床が安全に通行できる状態になっている
- 厨房や提供前の食品が汚染されていないことを確認している
- 複数の有症者がいる場合は、保健所へ相談している
厨房やビュッフェ台まで汚染が及んだ場合、複数のスタッフに症状がある場合、消毒できない布製設備へ広範囲に飛散した場合は、部分的な席閉鎖だけでは不十分な可能性があります。営業の縮小・中止を含め、管轄保健所へ相談してください。
嘔吐発生記録に残す項目
| 記録項目 | 記入内容 |
|---|---|
| 発生情報 | 日時、場所、席番号、発見者 |
| お客様の状態 | 反応、呼吸、主な症状、119番通報の有無 |
| 注文情報 | 注文品、提供時刻、同席者の症状 |
| 汚染範囲 | 床、椅子、食器、食品、トイレ、移動経路 |
| 処理担当者 | 氏名、防護具、処理開始・終了時刻 |
| 消毒内容 | 製品名、表示濃度、希釈量、使用場所 |
| 廃棄物・食品 | 廃棄した食品、密閉方法、保管・処分方法 |
| 営業判断 | 閉鎖区域、再開時刻、判断者 |
| 外部連絡 | 119番、保健所、施設管理者への連絡内容 |
| 事後対応 | スタッフ体調確認、追加清掃、改善事項 |
小規模な一般飲食店向けのHACCP手引書では、衛生管理計画を作成し、計画に基づいて実施・記録・振り返りを行うことが示されています。嘔吐物処理も異常時対応の手順として衛生管理計画へ組み込み、記録を保管してください。厚生労働省掲載「HACCPの考え方を取り入れた衛生管理のための手引書」
日々の衛生記録をデジタル化する場合は、飲食店 HACCP記録アプリ導入ガイド|厚生労働省公式アプリの設定・運用・CSV保存も参考にしてください。
スタッフ研修は実演まで行う
マニュアルを保管しているだけでは、営業中の緊急時に適切に動けません。開業前、感染性胃腸炎が増える時期の前、新人入社時には、未使用の資材と水を使って模擬訓練を行いましょう。
- 救護、誘導、清掃、厨房対応の担当を決める
- 処理キットの保管場所を全員で確認する
- 製品表示を見て200ppmと1,000ppmを作り分ける
- 汚染区域をまたがない清掃動線を確認する
- 防護具の汚染面へ触れずに外す練習をする
- 記録用紙へ模擬記入する
- 119番、管轄保健所、施設管理者の連絡先を確認する
食物アレルギーなど別の緊急事態と救護担当の役割を共通化する場合は、飲食店 食物アレルギー対応マニュアル【2026年版】|29品目・表示・接客・緊急時も併せて整備してください。
飲食店の嘔吐物処理に関するFAQ
Q1. アルコールスプレーだけで処理できますか?
アルコールだけで処理を完了するのは避けてください。厚生労働省は、ノロウイルスを完全に失活化する方法として、次亜塩素酸ナトリウム、亜塩素酸水、加熱処理を挙げています。まず嘔吐物を物理的に除去し、材質に適した方法で消毒します。
Q2. 床には1,000ppmを使った方が安全ですか?
厚生労働省Q&Aの基本例では、嘔吐物を回収した後の床は約200ppmで拭き、廃棄物を袋内で浸す場合は約1,000ppmです。濃度が高ければ無条件に安全というわけではありません。自治体の指導や製品表示がある場合は、その条件を優先してください。
Q3. カーペットや布製ソファはどう処理しますか?
まず飛散させずに汚染物を回収し、該当箇所を使用禁止にします。塩素系製品は脱色することがあるため、素材メーカーの指示を確認してください。安全に処理できない場合は、専門清掃業者や保健所へ相談し、処理が完了するまで再使用しません。
Q4. 清掃したスタッフはそのまま調理へ戻れますか?
防護具の廃棄、石けんと流水による手洗い、汚染された可能性がある作業着や靴の交換が終わるまでは戻しません。可能な限り、嘔吐物処理は調理担当者以外が行う体制にしてください。
Q5. お客様が一人吐いただけでも保健所へ連絡しますか?
一件だけで直ちに食中毒とは判断できません。ただし、複数客に共通症状がある、スタッフにも症状がある、医療機関から食事との関連を指摘された、厨房や食品が汚染された場合は速やかに相談してください。判断に迷う場合も、原因を店だけで断定せず、管轄保健所へ確認するのが安全です。
まとめ
飲食店の嘔吐物処理では、救命確認、区域閉鎖、食品の隔離、個人防護、静かな回収、床の約200ppm消毒、廃棄物の約1,000ppm処理、手洗い、換気、記録までを一つの手順として整備します。
発生後に消毒剤や希釈方法を探すのではなく、処理キット、製品別の希釈表、担当者、保健所の連絡先、記録用紙を平常時に準備し、スタッフが実演できる状態にしておきましょう。

